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PERSON

フードクリエイター

都会を離れて
地鶏の産地、鹿児島へ。
あの選択が、
すべての始まりでした。

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PERSON

フードクリエイター

都会を離れて
地鶏の産地、鹿児島へ。
あの選択が、
すべての始まりでした。

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PERSON

エー・ピーの人

都会を離れて
地鶏の産地、鹿児島へ。
あの選択が、
すべての始まりでした。

株式会社地頭鶏ランド
取締役

たきゅう しょうた

田久 翔太

「地域と共に、“食の未来”を耕すリーダー」

高校時代は本気でプロサッカー選手を目指し、大学では飲食バイトに夢中に。就活で出会った“熱い人たち”に惹かれてAPへ。店舗の現場で経験を積み、その後地鶏の産地である鹿児島で生産者の想いに触れお客様に届ける日々を過ごした。30歳でグループ会社の社長に就任し、現在は自らの原点である地鶏の産地・鹿児島で、新たな挑戦に挑む。そんな田久のキャリアストーリーは「成長できる環境」と「チャンスをつかむ勇気」が詰まっている。

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都内ではなく鹿児島を選んだ。その決断がすべての始まり。

ターニングポイントは、入社して2年目の決断だったと思う。異動先として提示されたのは、都内の近隣店舗か、地鶏の産地・鹿児島。迷わず鹿児島を選びました。これはチャンスだし、絶対におもしろい経験になると思ったから。

当時はちょうど九州エリアで、積極的な店舗展開を行い始めた頃。異動後は福岡や熊本の新店舗立ち上げにも挑戦しました。また現地では、生産者や加工場の方々と家族のような絆が生まれ、東京では得られなかった「つくり手の想い」を肌で感じる日々でした。この経験から、お客様へ生産者の想いを届けることが僕たちエー・ピーホールディングスの使命だと実感。それが、今の自分のマネジメントの土台に。人とのつながりを活かし、この価値を都市部でも広げていくのが自分の役割だと感じています。

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飲食への道は、他社にはなかった”情熱”と”ワクワク感”。

就職活動では業界へのこだわりはなく、いくつもの内定をもらっていましたが、「ここで働きたい!」と思える会社には出会えませんでした。どの企業もビシッとスーツで身を固め、面接も堅苦しくマニュアル通り。そんな中で、エー・ピーホールディングスの説明会はまるで違いました。面接官はカジュアルな服装で、面接でも就活生目線で、フランクに会話するスタイル。そして、社長や社員が同じ目線でビジョンや、食の未来について熱く語っていました。その姿に、「ここならおもしろいことができる!」とワクワクしたのを覚えています。

入社後も、会社の空気は“情熱”であふれていました。特に驚いたのは、塚田農場の現場。アルバイトを含めた全スタッフが地鶏の知識を持ち、食感や味、生産者の想いまで丁寧にお客様に伝えていたんです。その姿に感動し、自分ももっと学びたい、成長したいという気持ちが自然と湧いてきました。

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3ヶ月で黒字化。経営者としての第一歩は、そこから始まった。

次の大きな挑戦は、2019年、M&Aでグループに加わった串揚げ専門店の経営を任されたこと。これまで居酒屋業態しか経験してこなかった自分にとって、“職人が一串一串丁寧に揚げる”レストラン業態はまったく新しい世界。酒類に頼らず、料理そのもので勝負する商品戦略にも新鮮さとやりがいを感じました。

一方、当時のこのグループ会社では自分が最年少。企業文化だけでなく、世代間の価値観にも大きなギャップがありました。理念を浸透させようと真っ直ぐ取り組む中で、反発や温度差に悩んだことも。けれど今は、その経験が自分の経営の財産になっています。現場の声に耳を傾け、一体感を大切にする店舗運営へとスタイルを変えていきました。
赤字が続いていた店舗も、年4回のメニュー改定と、グループ全体の“食材へのこだわり”を活かしたメニュー開発により、3ヶ月で黒字化を実現。コロナ禍でも安定した売上を保ち、スタッフの表情も少しずつ明るく変わっていきました。
経営者として、商品・価格・ブランディング・教育・組織改革など多岐にわたるテーマに挑み、スカイツリーにオープンした新店舗ではブランド強化にも注力。結果、創業以来最高の売上と利益を達成したのです。正解のない中で挑み続けたこの経験が、自分にとって“経営者”としての新しいステージの始まりとなりました。

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改めて、入社2年目に出会った産地の人たちとのつながりが、今の自分の原点です。真の6次産業を展開するためにも“この人たちのためにも”という思い。──その気持ちは、どのポジションになっても変わりません。これから仲間になる企業や仲間にとっても、ホールディングス全体の力で価値を高め、成長を後押ししていきたい。2025年5月からは、新たな生産子会社「地頭鶏ランド日南」の取締役にも就任しました。現場に立ち、地域と共に新たな挑戦を始めます。挑戦を“面白い”と思える人こそが、ここではきっと活躍できると思います。

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